COFFEE TERROIR

珈琲の味は、
どこで生まれるのか。

土地の名前ではなく、
木が生きた環境を見る。

TERROIR

土地を読むと、
味の見え方が変わる。

エチオピアの珈琲。コロンビアの珈琲。ケニアの珈琲。産地の名前を聞くと、なんとなく味を思い浮かべることがあります。華やか、明るい酸、しっかりした甘さ。けれど、少し考えてみると不思議です。

ひとつの国は、とても広い。山もあれば谷もあり、平地もあります。標高が違えば気温も違い、雨の量も、降る時期も違います。それなのに、「この国だから、この味」と語ってしまっていいのでしょうか。

珈琲の世界では、土地と味の関係を語るときに、テロワールという言葉が使われます。標高、気温、雨、日射、地形、土壌。そして、そこに植えられた品種と、人の手。それらが重なりながら、一本の木が育っていきます。

テロワールを知るということは、土地の特徴を暗記することではありません。

その場所で、木がどんな一年を生きたのかを見ること。そこから始めてみます。

01 / PLACE

国名だけでは、
まだ遠すぎる。

珈琲豆の袋には、ETHIOPIA、COLOMBIA、KENYA、GUATEMALAといった国名が書かれています。産地を知る最初の手掛かりとしては、とても便利です。

でも、国名だけで味を説明しようとすると、途端に無理が出ます。コロンビアひとつを見ても南北に長く、アンデス山脈が走り、標高も気候も地域によって違います。同じ国の中に、涼しい高地があり、暖かな場所があり、雨の多い地域があり、乾季のはっきりした地域があります。

さらに山へ入れば、谷側なのか尾根側なのか。斜面が東を向いているのか、西を向いているのか。ほんの数km違うだけでも、木が経験する環境は変わります。

国境は、人が地図に引いた線です。雨雲も、気温も、土壌も、その線を見て切り替わってくれるわけではありません。

「エチオピアだから、この味」「コロンビアだから、この味」という言い方は、入口としては分かりやすくても、味を説明するにはかなり大ざっぱです。国、地域、山、農園、区画。木へ近づくほど、見えてくるものは増えていきます。

産地名は、答えではない。

その珈琲を知るための、
最初の住所です。

FROM COUNTRY TO TREE 地図を、小さくしていく。
COUNTRY国
REGION地域
MOUNTAIN / SLOPE山・斜面
FARM農園
国、地域、山・斜面、農園、一本の木へと視点を絞っていく模式図
LOT / TREE区画・一本の木
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COUNTRY国
REGION地域
MOUNTAIN / SLOPE山・斜面
FARM農園
LOT / TREE区画・一本の木

02 / ALTITUDE

高いほど、
おいしい?

珈琲の商品説明で、1,500m、1,800m、2,000mという数字をよく目にします。数字が大きいほど、なんとなく良い珈琲に見えてきます。実際、高標高で栽培された珈琲が高い評価を得る傾向は、多くの研究で確認されています。

けれど、「高いほど、おいしい」と覚えてしまうと話が少しおかしくなります。たとえば、世界的に知られるJamaica Blue Mountain Coffeeの公式な栽培標高帯は、およそ900〜1,700mです。すべての優れた珈琲が2,000m級で育っているわけではありません。もちろん、Blue Mountainがおいしいかどうかは、また別の話ですが。

大切なのは、標高そのものが味をつけているわけではないことです。

標高が上がれば、一般に気温は下がります。気温が低くなれば果実の成熟はゆっくりになり、木の上で過ごす時間も変わります。標高は、木が経験する温度や成熟期間を考えるための手掛かりです。

標高は、味を与えるのではない。

果実に、時間を与える。

ただし、同じ1,500mでも、赤道近くと赤道から離れた地域では気温が違います。海に近いか、大陸の内側か。雲が多いか、風が強いか。条件はいくらでも変わります。

本当に見たいのは「何mで育ったか」ではなく、その標高で、木がどんな温度の中を生きていたか。 標高は品質の保証書ではありません。木が過ごした環境を知るための、ひとつの数字です。

ALTITUDE ≠ SCORE 標高が変わると、
環境が変わる。
標高が上がるにつれて、気温、湿度、雨、風などの環境条件が変化する様子を示した模式図
LOWERより暖かい環境
HIGHERより涼しく、風などの条件も
変わる

03 / SLOPE & SUN

同じ山でも、
同じ一日ではない。

標高が同じなら、環境も同じ。そう考えたくなります。でも、山は平らではありません。

東向きの斜面では朝から光を受け、西向きなら午後の強い日差しを受けるかもしれません。谷では冷たい空気が溜まりやすく、尾根では風が抜ける。水が集まりやすい場所もあれば、すぐに流れてしまう場所もあります。

つまり、同じ山の同じ標高でも、一本一本の木が経験する一日は同じではありません。朝、何時から光が当たったのか。午後、どれほど葉が熱くなったのか。夜、どこまで温度が下がったのか。雨のあと、土は何日湿っていたのか。

テロワールは、
地図を上から見ただけでは分からない。

木は平面ではなく、斜面の上で生きています。

SAME MOUNTAIN / DIFFERENT DAY 斜面の向きで、
木の一日が変わる。
朝の光を受ける東向き斜面の模式図
EAST-FACING 朝の光を受ける斜面 光が当たり始める時刻、葉温の上がり方、乾き方が変わる。
午後の光を受ける西向き斜面の模式図
WEST-FACING 午後の光を受ける斜面 午後の日射や熱、風、水分条件との組み合わせが変わる。

04 / RAIN & SEASON

雨を見るなら、
「いつ、どれだけ」。

産地情報を見ると、「年間降水量 1,800mm」といった数字が書かれていることがあります。もちろん大切な情報です。でも、木は一年分の雨を一度に受け取るわけではありません。

年間降水量は、一年が終わったあとに全部を足した結果です。木が経験しているのは、いつ降ったのか、そのときどれだけ降ったのか、何日続いたのか、そのあとどれくらい乾いたのかという、もっと細かな出来事です。

花が咲く前の雨。果実が膨らんでいるときの雨。成熟期の雨。収穫直前の雨。同じ100mmでも、降る時期が違えば木にとっての意味は変わります。

乾いた期間のあとに雨が来れば、開花のきっかけになります。果実が育つ時期には水が必要です。一方で、成熟や収穫の時期に雨が続けば、別の問題が起こります。

年間降水量だけを見るのではなく、「いつ、どれだけ降ったか」を見る。

雨には量だけでなく、時間があります。その土地の雨を知るということは、雨量計の数字を見るだけではなく、雨のカレンダーを見ることなのかもしれません。

RAIN CALENDAR合計より、タイミングを見る。
WHENいつ降った?開花前/果実成長期/成熟期/収穫期
HOW MUCHどれだけ降った?同じ一回の雨でも、量によって木の反応は変わる
AFTERその後どう乾いた?雨と雨の間隔、乾燥期間も木が経験する環境の一部

05 / SOIL

土は、
味になるのか。

土が植物に影響する。これは、とても分かりやすい例があります。紫陽花です。同じ紫陽花でも、土壌の状態によって花の色が変わることがあります。

より正確には、土壌のpHなどによって植物が利用できるアルミニウムの状態が変わり、それが花色に影響します。つまり、土は植物の姿を変えることがある。

では、珈琲でも同じように、土に含まれる成分がそのまま味として現れるのでしょうか。カルシウムの多い土だからカルシウムの味がする。鉄を多く含む土だから鉄の味がする。そういう話ではありません。

土の役割は、もっと間接的です。水をどれくらい保持するのか。余分な水がどれくらい抜けるのか。根がどこまで伸びられるのか。養分をどれくらい利用できるのか。土が変われば根の環境が変わり、根の環境が変われば木の育ち方が変わります。その結果として、果実の成熟や豆の成分にも違いが生まれます。

土は、珈琲に振りかける
スパイスではない。

木が生きるための、足元です。

SOIL → TREE味へ直接ではなく、
木を通して。
WATER水を持つ・流す保水と排水
ROOT根が伸びる根域と土の物理性
土壌の保水、根の広がり、養分利用という三つの働きを示した模式図
NUTRIENT養分を利用する量だけでなく利用可能性

SOIL→TREE RESPONSE→FRUIT / SEED→CUP

06 / MICROCLIMATE

どこまで小さく見れば、
違いが見えるのか。

国では広すぎる。では、地域ならどうでしょう。ひとつの山なら。ひとつの農園なら。さらに、ひとつの区画なら。ここで出てくるのが、microclimate――微気候です。

同じ地域でも、わずかな標高差、斜面の向き、風、影、土の湿り方、周囲の森林、川の有無などによって、局地的な環境は変わります。小さな温度差が、珈琲の成熟や品質に影響する可能性を示した研究もあります。

だから「この農園のこの区画は違う」という話には、きちんと理由がある場合があります。ただし、ここでも話を簡単にしすぎてはいけません。

数百m離れたから必ず味が違う。隣の谷に移ったから別のテロワール。そんなふうに機械的に境界線を引けるものでもありません。小さな地域の複数農園を比較しても、味の違いは確認できる一方、それを特定の気温や標高だけで説明しきれない研究もあります。

microclimateは存在する。

でも、人が地図に
線を引いたところで、
味までそこで
切り替わるわけではない。

テロワールは、住所を細かくすれば完成する話ではありません。

ONE FARM / MANY CONDITIONSひとつの農園の中にも、小さな環境がある。
SUN日射日当たりの強さ
WIND風風の通り方
WATER水分水はけや湿り気
SHADE影日陰になる時間
SAME FARM同じ農園

07 / VARIETY × ENVIRONMENT

土地だけでは、
味は決まらない。

ここまで、ずっと土地の話をしてきました。でも、ひとつ大きなものを残しています。何を植えたのか。

Bourbon、Typica、SL28、Geisha。同じ土地に植えても、品種が違えば木の性質は違います。暑さへの強さ、病気への耐性、実が熟す速さ、木の大きさ。そして、カップに現れる個性。

逆に、同じ品種を違う環境へ植えても、同じ結果になるとは限りません。World Coffee Researchの国際多地点品種試験でも、環境が変わっても比較的安定した品質を示す品種がある一方、特定の環境で際立つ品種が確認されています。

研究では、これをGenotype × Environment――G×E、遺伝子型と環境の相互作用として捉えます。少し難しい言葉ですが、考え方はシンプルです。

土地だけでは決まらない。品種だけでも決まらない。木が違えば、同じ土地への答えも違う。

Geishaを植えれば、どこでもPanama Geishaになるわけではありません。Bourbonを植えれば、どこでも同じBourbonになるわけでもない。

テロワールは、
土地と品種の会話です。

GENOTYPE × ENVIRONMENT同じ木でも、
場所が変われば反応が変わる。
GENOTYPE品種木が持つ性質
ENVIRONMENT環境気温・雨・光・土など
RESPONSE木の反応成熟・生育・品質へ

08 / YEAR

同じ農園でも、
去年と今年は違う。

場所は同じ。標高も同じ。土も同じ。植えられている品種も同じ。それなら、毎年同じ珈琲になるのでしょうか。

なりません。雨の少ない年もあれば、多い年もあります。暑い年もあれば、涼しい年もある。開花の時期がずれることもあり、成熟に時間がかかる年もあります。

同じ木でも、毎年違う一年を過ごしています。研究でも、同じ農園や同じ品種であっても、収穫年によって生豆の成分やカップ評価が変わることが確認されています。

ワインでは「ヴィンテージ」という言葉をよく使います。珈琲ではそこまで一般的ではありませんが、農作物なのだから、本当は当然の話です。

テロワールには、
年号がある。

去年おいしかった農園だから、今年もまったく同じ味。そうならないところが、農作物としての珈琲のおもしろさでもあります。

SAME FARM / DIFFERENT YEAR住所は同じでも、
一年は同じではない。
YEAR 01SAME FARMTEMPERATURE / RAIN / TIMING
YEAR 02SAME FARMTEMPERATURE / RAIN / TIMING
YEAR 03SAME FARMTEMPERATURE / RAIN / TIMING

09 / HUMAN

人は、テロワールの
外にいるのか。

ここまで、気温、雨、標高、土、光、品種を見てきました。でも、珈琲畑へ行けば、そこには必ず人がいます。

どこへ植えるのか。どの品種を植えるのか。シェードツリーを残すのか。いつ剪定するのか。どの枝を残すのか。水を与えるのか、与えないのか。どの実を摘むのか。その判断をしているのは、人です。

そして珈琲は、果実を摘んだだけでは飲めません。果肉をどう取り除くのか。どのように発酵させるのか。どう乾かすのか。収穫後にも、たくさんの判断があります。

そうなると、どこまでがテロワールなのかという境界も曖昧になります。自然環境を中心に捉える考え方もあれば、栽培や収穫、精製まで含めて考える見方もあります。

少なくとも、私たちがカップの中で飲んでいるものは土地だけではありません。その土地で育った木を、人が見て、選び、収穫し、精製したものです。さらに私たちは、それを焙煎し、抽出します。

自然だけでもない。

人だけでもない。

珈琲の味は、その間にあります。

FROM PLACE TO CUP土地からカップまで、
人の判断が続く。
  1. PLACE土地
  2. TREE栽培
  3. HARVEST収穫
  4. PROCESS精製
  5. ROAST焙煎
  6. BREW抽出

10 / MOVING TERROIR

テロワールは、
固定された住所ではない。

山は、そこにあります。農園も、そこにあります。でも、環境は同じ場所に留まりません。

気温が上がる。雨の降り方が変わる。乾季が長くなる。病害虫の分布が変わる。これまでArabicaが育っていた場所が、これからも同じ環境であり続けるとは限りません。

気候変動の研究では、今世紀中に現在の珈琲栽培地域の一部がArabicaに適さなくなる可能性が指摘されています。一方で、より高い場所が新たな適地になる可能性もあります。

環境が動けば、適地も動く。

そして、そこに植える木も変わります。高温に強い木、乾燥に耐えられる木、病害に強い木、新しい環境でも品質を保てる木。世界では今、そうした品種を探し、育てる研究が続いています。

ここで、土地の話は再び木の話へ戻ります。どんな土地なのかだけではなく、その土地に、どんな木を植えるのか。 これからの珈琲では、その問いがますます重要になります。

SHIFTING SUITABILITY 場所は動かなくても、
適地は動く。
山の中腹にある栽培適地の帯が、より高い標高へ移っていく様子を示した模式図

CLOSING

土地のスペック表ではない。

産地、標高、年間降水量、平均気温、土壌、品種。珈琲の説明には、たくさんの数字と名前が並びます。それらは、もちろん大切な情報です。

でも、「標高1,800mだから、おいしい」「火山性土壌だから、豊かな味」「エチオピアだから、華やか」と、一つの条件だけを取り出してしまうと、その土地で実際に起きていることは、かえって見えにくくなります。

大切なのは条件の名前ではありません。その条件の中で、木がどう反応したのか。いつ花が咲いたのか。いつ雨が降ったのか。どれくらいの時間をかけて実が熟したのか。暑かったのか、寒かったのか、乾いたのか。そして、その年に木がどう生きたのか。

テロワールとは、
土地のスペック表ではない。

その場所で、木がどう生きたかという履歴です。

国名から始めた話は、最後には一本の木へ戻ってきました。そして同じ土地でも、木そのものが違えば、その環境への答えも違います。

次は、その木の違いを見ていきます。

NEXT STORY

05

同じArabicaなのに、
なぜこんなに違う。

Typica、Bourbon、Geisha、SL28。同じ「アラビカ種」と呼ばれる木の中に、なぜこれほど多くの違いがあるのでしょう。

次は、その木そのものの違い——VARIETYの話です。

REFERENCES

このページの
制作にあたって

淡島珈琲は、気候学、土壌学、植物生理学を専門的に研究している立場ではありません。

このページでは、標高、気温、日射、降雨、土壌、微気候、品種と環境の相互作用、気候変動について、査読論文、World Coffee Research、USDAなどの資料を参照しながら、珈琲のテロワールを読み物としてまとめました。

それぞれの条件は単独で味を決めるものではなく、地域、品種、栽培、収穫、精製などとの相互作用があります。そのため、「○○ならこの味」と断定するのではなく、木が環境にどう反応するかを中心に構成しています。

主な参考資料

Frontiers in Plant Science / 2021

Climate Change and Coffee Quality: Systematic Review on the Effects of Environmental and Management Variation on Secondary Metabolites and Sensory Attributes of Coffea arabica and Coffea canephora

標高、光、温度、水分ストレス、養分管理などと珈琲品質の関係を整理したシステマティックレビュー。

Foods / 2022

Does Coffee Have Terroir and How Should It Be Assessed?

珈琲におけるterroirの考え方と、気温、標高、雨、土壌、栽培、精製、焙煎・抽出までを含む評価上の論点を確認するためのレビュー。

World Coffee Research / 2024

Evaluating cup quality in global arabica variety trial reveals complex interaction between genetics and environment

10品種を複数生産地で評価したInternational Multilocation Variety Trialから、G×Eとカップ品質の関係を確認するための資料。

Food Research International

Similarities and differences in sensory properties of high quality Arabica coffee in a small region of Colombia

Colombia・HuilaのPitalito地域にある13農園を比較し、小地域内のmicroclimateと官能差を考えるための研究。

USDA Natural Resources Conservation Service

Soil Taxonomy / Andisols

Andisolの形成、保水性、陽イオン交換容量、リン保持など、火山噴出物由来土壌の特徴を確認するための資料。

University of Georgia Cooperative Extension

Growing Bigleaf Hydrangea

土壌pHがアルミニウムの利用可能性を変え、Bigleaf hydrangeaの花色へ影響する仕組みを確認するための資料。

Visit Jamaica

Blue Mountain Coffee

Jamaica Blue Mountain Coffeeとして示される栽培標高帯3,000〜5,500ft(約914〜1,676m)を確認するための資料。

Nature Plants / 2017

Resilience potential of the Ethiopian coffee sector under climate change

Ethiopiaにおける将来の珈琲栽培適地の変化と、標高方向を含む適応可能性を考えるための研究。

※環境と品質の関係は、地域・品種・栽培条件などによって異なります。

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