FULL SUN
光を入れる。
開けた環境では、珈琲の木へ直接光が届く。
COFFEE CULTIVATION
木の反応を見ながら、
人が手を入れていく。
CULTIVATION
私たちが普段「珈琲豆」と呼んでいるものは、植物から見れば種です。
赤く熟した果実から取り出されたその種は、条件が整えば根を伸ばし、地上へ芽を出します。小さな苗が育ち、枝を伸ばし、白い花を咲かせ、その花のあとに果実をつける。
そこだけを見れば、植物が育つというのは、とても自然な出来事に見えます。
けれど農園で行われていることを少し詳しく見ていくと、直感とは反対に見える仕事がいくつもあります。
水が必要な植物なのに、ときには水を控える。光合成には光が必要なのに、わざわざ木陰をつくる。大きく育てたいはずなのに、枝を切り、ときには幹そのものを切り戻す。実がなっても、すぐに全部を摘むわけではありません。
良く育てることは、たくさん与えることではない。
その植物が今、何を必要としているのか。何が多すぎるのか。どこまで人が手を入れ、どこから先を木に任せるのか。
珈琲栽培を見ていくと、「植物を育てる」という仕事は、思っているよりずっと観察と判断の積み重ねであることが分かってきます。
01 / SEED
コーヒーチェリーの中には、通常二つの種があります。私たちが珈琲豆と呼んでいるものです。
もちろん焙煎してしまえば、もう芽を出すことはありません。けれど収穫したばかりの生きた種には、その先があります。
根を出し、葉を開き、一本の木になり、数年後には再び花を咲かせる。
だから農家が種を選ぶとき、見ているのは目の前の一粒だけではありません。
その一粒から生まれ、これから何年も畑に立ち続ける一本の木です。
健全な種を選び、苗床で水や日差しを調整しながら育て、畑へ出す前には少しずつ外の環境へ慣らしていく。
弱いから守る。けれど、守り続けるだけでは外では育たない。最初の段階から、人は植物との距離を測っています。
珈琲づくりは、
実がなってから始まるのではない。
02 / YOUNG TREE
苗が畑へ移されると、しばらくは「収穫する木」ではなく、「これから収穫できる木」をつくる時間が続きます。
根を張り、幹を太らせ、葉を増やし、これから果実を支える枝を育てていく。
ここで少し意外な管理があります。若い木が早く実をつけても、それをそのまま収穫するとは限りません。
せっかくできた実を取り除き、根や樹体の成長を優先する管理があります。一見すると、もったいないように思えます。
けれど一本の若木が使える力には限りがあります。果実を育てることにも、枝を伸ばすことにも、根を広げることにも、その木の資源が使われます。
今の実を取るのか。数年先まで実をつけられる木をつくるのか。
栽培では、目の前の収穫より、まだ見えていない収穫を選ぶことがあります。
03 / WATER
乾季の珈琲農園を見ると、木は静かです。雨が少なく、枝に目立った花もない。何も起きていないように見えるかもしれません。
けれど木の中では、次の開花への準備が進んでいます。
Arabicaでは、開花前にある程度乾燥した期間を経験し、その後にまとまった雨や灌水によって再び水を得ることで、休眠していた花芽が開花へ動き始めます。乾燥の程度や再給水のタイミングは、開花の揃い方にも関係します。
つまり、農園が白い花で覆われる日の前には、何も起きていないように見える乾いた時間があります。
植物にとって水は不可欠です。だからといって、いつも同じように満たされていればよいわけではありません。
乾燥し、その変化を木が受け取り、そこへ雨が来る。
栽培者が見ているのは、単なる「水の量」ではなく、木が水の変化にどう反応するかです。
花を咲かせるのは、
雨だけではない。
雨が来る前の時間も、
花をつくっている。
04 / LIGHT & SHADE
日本の人工林では、木が込み合ってくると間伐をします。木を間引くことで林内へ光が入り、残された木の幹や根が健全に育つよう手を入れる。
ところが珈琲農園では、反対に、木を植えて影をつくることがあります。
珈琲の木より高く育つShade treeを残したり植えたりして、強い日射を和らげる。
同じ「木を育てる」という仕事なのに、一方では光を入れ、一方では光を遮ります。
矛盾しているわけではありません。育てている木と、その木が置かれている環境が違うからです。
Shade treeがつくるのは、単なる日陰だけではありません。葉に届く光、葉の温度、土が乾く速さ、湿度など、農園の小さな気候そのものを変えます。落ち葉は土へ戻り、樹種によっては果実や木材など、珈琲以外の価値を生むこともあります。
もちろん、影は多ければよいわけでもありません。光が不足すれば生育や収量に影響し、樹種や植え方によっては水や養分の競争も起こります。
植物に光が必要だからといって、多ければ多いほどよいとは限りません。
この場所、この木にとって、どれくらいの光がちょうどいいのか。そこを見極めるのが栽培です。
FULL SUN
開けた環境では、珈琲の木へ直接光が届く。
SHADE
強い日射や乾燥を和らげ、農園の小さな気候を整える。
同じ木を育てる仕事でも、
光を入れることがあり、
影をつくることがある。
05 / PRUNING
珈琲の木は、人が何もしなくても枝を伸ばします。
問題は、伸びるかどうかではありません。どこを伸ばすのか。
花と果実は枝につきます。だから枝が多いほど、多くの実が取れそうに見えます。
けれど枝が増えすぎれば、木の内側へ光が届きにくくなり、枝同士が込み合い、葉と果実のバランスも崩れます。
剪定では、古い枝、弱った枝、込み合った枝などを見ながら、これから果実を支える枝を残していきます。
木が伸びようとする力に、方向を与える仕事です。
どの枝を残せば次の花がつくのか。どこへ光を入れるのか。どこへ木の力を使わせるのか。
剪定を見ると、何を切ったかよりも、何を残そうとしたのかに、栽培者の考えが表れます。
残した枝へ光や風が届き、その先に次の花と実がつく。剪定は今の木を整える作業であると同時に、次の収穫の形を先に考える仕事でもあります。
切ることは、
成長を止めることではない。
次に伸びる場所を、
選ぶこと。
06 / REJUVENATION
剪定より、さらに大胆な判断があります。
長く収穫を続けた珈琲の木は、やがて古い枝が増え、生産力が落ちていきます。
そこで幹を地面近くまで切り戻し、切り株から伸びる新しい芽を、次の幹として育て直す。Stumpingと呼ばれる更新方法です。
完全に切り戻せば、その木からしばらく収穫できない期間が生まれます。
切れば、来年の収穫は減る。切らなければ、古くなった木の生産力は落ちていく。
今日を取るか。数年後を取るか。
だから栽培者は、単に「切るか、切らないか」を決めているわけではありません。
その木を、あと何年どう育てるのかを決めています。
木を育てるために、
木を切る。
「育てる」と「切る」は、反対の言葉のように見えます。でも植物では、古いものを残し続けることより、新しい成長へ場所を渡す方がよいときがあります。
07 / FLOWERING & FRUIT
雨のあと、条件が整うと、珈琲の木は白い花を咲かせます。
花が終わると、その場所に小さな緑色の果実が残り、数か月をかけて少しずつ成熟していきます。果実のいちばん内側にあるのが、次の木になり得る種——私たちの知っている珈琲豆です。
ここで、水の話がもう一度戻ってきます。
開花が揃えば、その先の果実も比較的近い時期に成熟しやすくなる。反対に、花が何度にも分かれて咲けば、同じ木の上に成熟段階の違う果実が並びます。
つまり、乾季に水をどう扱ったかという判断が、何か月も後になって、赤い実と緑の実の並び方として現れることがあります。
栽培には、
結果が返ってくるまでに
季節をひとつ越える判断がある。
今日の水管理が、花になり、実になり、ずっと先の収穫へつながっていく。
植物を育てる仕事では、その日にしたことの答えが、その日に返ってくるとは限りません。
COFFEE FLOWER
RIPE CHERRY
08 / HARVEST
収穫期の木を見ると、一本の枝にいくつもの色が並ぶことがあります。
赤く熟した実もあれば、色づき始めたもの、まだ硬い緑色の実もある。同じ枝についているからといって、すべてが同じ日に収穫時期を迎えるわけではありません。
品質を重視する収穫では、熟した赤いcherryを選んで摘みます。未熟果や過熟果をなるべく混ぜず、成熟した実を選ぶことは、その後の品質にも関わります。
ここで、収穫という言葉の見え方が少し変わります。
収穫とは、木にある実を取ることではなく、その実が「今日取るべき実なのか」を見分けること。
今日まだ緑の実を残すのは、取り残しではありません。その実にとって、今日が収穫の日ではないだけです。
数日後、もう一度その木を見る。熟していれば、そのときに摘む。
取らない判断も、
収穫の一部です。
「一粒も無駄にしない」というのは、一度に全部取ることではありません。それぞれが収穫できる状態になるまで待ち、その時期を見極めることでもあります。
ここまで見てくると、栽培で繰り返し使われているものが見えてきます。
水でも、肥料でも、剪定ばさみでもない。人の目です。
09 / ADAPTATION
ここまで見てきたのは、木が置かれた環境に、人がどう対応するかという話でした。
水の与え方を変える。影をつくる。枝を切る。樹形を変える。収穫の時期を見極める。
人は栽培方法を変えることで、木がその土地で生きやすい条件をつくってきました。
けれど、育て方だけでは越えられない環境もあります。
高温、長い乾季、病害。同じArabicaでも、すべての木が同じように耐えられるわけではありません。
そこで人は、今度は育て方だけではなく、育てる木そのものを選ぶようになります。
乾燥に強い木。病気に強い木。暑さに耐えやすい木。その土地で安定して実をつける木。
そうした特徴を持つものを選び、残し、ときには交配する。
ここから、栽培の話は少しずつ「品種」の話へ近づいていきます。
土地に合わせて、
育て方を変える。
それでも足りなければ、
育てる木を選ぶ。
品種とは、味の名前だけではありません。ある土地で生き、実をつけ続けるために、人が何を選んできたのか。その歴史でもあります。
暑さの中でも生育と結実を維持できるか。
限られた水で、どこまで耐えられるか。
さび病などへの抵抗性を持つか。
栽培方法だけでなく、植える木の選択へ。
CULTIVATION
珈琲栽培をたどってみると、人が木を一方的に操っているわけではないことが分かります。
乾燥すれば、木はその変化を受け取る。雨が来れば、花が動き始める。光が強ければ、その影響を受ける。枝を切れば、新しい成長が始まる。
人は、その反応を見ながら手を入れていきます。
水を与えることも、水を控えることもある。木陰をつくることも、光を入れることもある。枝を伸ばすことも、切ることもある。実を摘むこともあれば、まだ摘まないという判断もあります。
どれか一つが、いつでも正しいわけではありません。
木を見て、土地を見て、天候を見て、木がどう反応したかを見る。そして次の手を決める。
栽培とは、その繰り返しです。
良い栽培は、
木に何をさせるかを決めることから
始まるのではない。
木が何をしようとしているのかを、
知ることから始まる。
植物が相手だから、去年と同じ雨が降るとは限りません。同じ光が当たるとも限らない。同じ品種を植えても、同じように育つとも限らない。
だから人は、水を変え、光を変え、枝を変え、そして、ときには木そのものを選んできました。
その判断の土台にあるのが、木が根を下ろしている場所です。
気温。雨。標高。土。風。
では、その土地は、珈琲の味にどこまで関わっているのでしょう。
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04
同じArabicaでも、育つ土地が変われば、気温も、雨も、土も、標高も変わります。
次は、珈琲の味と土地の関係——TERROIRの話です。
REFERENCES
淡島珈琲は、植物生理学や農学を専門的に研究している立場ではありません。
このページでは、コーヒーノキの開花、水分管理、シェード、剪定、更新、収穫、品種選択について、FAO、World Coffee Research、植物生理学のレビュー論文などを参照しながら、栽培の考え方を読み物としてまとめました。
実際の栽培方法は、品種、標高、気温、降雨、土壌、農園規模、栽培体系によって異なります。そのため、特定の方法をすべての産地に当てはめるのではなく、「なぜその管理をするのか」という植物の反応を中心に構成しています。
Arabica coffee manual for Lao PDR
苗木管理、若木、剪定、更新剪定、stumpingなど、Arabica栽培管理の基本を確認するための資料。
Flowering and Fruiting of Coffea arabica L.: A Comprehensive Perspective from Phenology
乾燥期間、再給水、花芽の休眠解除、開花同期など、Arabicaの開花生理を確認するためのレビュー。
The Shade Catalog
コーヒー・アグロフォレストリーで使われるShade treeの選択、機能、地域適応を理解するための資料。
Foliar water uptake: Processes, pathways, and integration into plant water budgets
雨、霧、露などを介した葉面吸水が、多くの植物群で確認されていることを理解するためのレビュー。
Regulated deficit irrigation in fruit crops
ブドウ、果樹、オリーブなどで、水を与える量と時期を制御する栽培が利用されている背景を確認するための資料。
間伐等の推進
人工林で間伐によって林内へ光を入れ、残した木の健全な成長を促す管理との対比に使用した資料。
Coffee quality and harvesting guidance
成熟したcherryの選択収穫、未熟果・過熟果が品質へ及ぼす影響を確認するための資料。
International Multilocation Variety Trial / Next-generation varieties
気候、乾燥、病害など異なる環境に対する品種適応と、新しい品種育種への接続を確認するための資料。
※栽培方法は地域や農園条件によって大きく異なります。本ページは個別農園への栽培指示ではなく、コーヒーノキの反応と栽培管理の関係を理解するための読み物として構成しています。